![]() 3年ぶりに会った彼女、amina。 モロッコ・マラケシュのアソシエーション「Al Kawtar Marrakech」 のリーダー的存在。 このアソシエーションは、ハンディキャップを持ったモロッコの女性たちが 伝統的な刺繍を、衣類やテーブルウエアなどに施して販売をしています。 ![]() 女性は家で、男性は外で働くが基本のこの国。 「結婚して子供を産むこと」を周りから期待される環境でもあるのです。 そんな中で、ハンディキャップを持った女性は、将来に対して不安があるのは 同性としてなんとも言えがたい気持ちになります。 3年前にたまたまお店の前を通りかかり、このアソシエーションの存在を知り いつもポジティブで、元気いっぱいのaminaと知り合いました。 お互いなぜか、私生活のことなどを話すほど気があって、度々訪れました。 この3年間、何度もマラケシュを訪問していたのですが 自分の環境にいろいろの変化などがあり、aminaとこの施設のことが気になりながら 足を向けることが出来ずでした。。 ![]() ![]() 今回は無性に彼女のことが気になり、まだお店にいるのか?と思いながら ドアを開けると、びっくりした顔の彼女が! とってもキレイになっていたので「どうしたの~?!」と言うと 「ホント?キレイになった?ありがとう」とビッグスマイル。 その後、この3年間の出来事を聞きました。 いつも表では元気でポジティブな彼女ですが、「いろいろ大変なことがあってね~」と。 体調不良や家族のこと、自分の将来の不安のことなど話してくれました。 言葉に詰まってしまったのは、 「私たちハンディキャップを持った女性は、子供が産める確証がないから 将来のことをよ~く考えないといけない」と。 それでも、ポジティブな考え方とジョークと笑顔交じりに話す彼女を 本当に見習わなくてはと思うのです。 ![]() ![]() マラケシュのテロ以来、すっかり観光客が減ってしまい お店を訪れる人もまばらだと。。 いつか自分が注文する商品に、彼女たちの刺繍を取り入れてと思っているけど 簡単には口に出来ない。 以前も書いたけど、「手を出したら途中で投げ出す」わけにいかないと思うし 未熟な今の自分では、心の中で閉まっておいて それが出来るように頑張るしかないと思うから。 ![]() マラケシュに立ち寄った際は、ぜひ立ち寄ってみてください。 aminaをはじめとした女性たちが、元気にしてくれます! 「Al Kwatar Marrakech」 Rue Laksour 57 Ksour , Marrakech-Medina 212-0524 378293 # by petitsocco | 2011-07-03 23:16
![]() 3.11以降のマスコミの報道で、ずっと心に残っていること。 全国紙の一面に掲載された、両親・兄妹を探している小学生の男の子。 たった一人きりで各地の避難所を廻り、家族と一緒に津波から逃げる途中で 別れてしまった家族を探しているそうです。 その後、ご近所の方が男の子を引き取っているが、弱音など吐かずに お手伝いなどもしてくれていると。 きっと、不安や恐怖から守ってくれ、思いっきり甘えたい気持ちを自分の中に閉じ込め、 周りに気を使いながら過ごしているのでしょう。 こんな辛い状況の中で、遠慮せずに甘えられる人も、本当の居場所もない… それを思うだけで、喉の奥が締め付けられる思いです。 他にも同じ状況の子供達が、多数いるのではないかと思います。 今後、建物や環境が復興されても、この子供たちの心の奥底には「埋まらないもの」を 震災は置いていってしまった気がします。 表だった、見えるカタチで表現できないけど、 「遠くからだけど、ちゃんと気にとめているからね」 これまで、いろいろな国で、辛い状況下の子供たちを見てきた。 タイ人とフィリピン人のハーフとして生まれ、両親の離婚により、居住地が定まらず タイ国の義務である「軍隊入隊」をしていないために、パスポートを発行がしてもらえず フィリピン人の母の元へ帰りたくても帰れないため、バンコクの安宿で一人 パスポートの発行の方法を探しながら、お酒に溺れていたタイ人青年。 ホーチミン・デイの祭日の日、海辺にお菓子を抱え、流暢な英語で話しかけてきた ベトナム人の幼い少女。 何も購入しない私を横に、声を押し殺して泣いていた姿。 後になって、お金を親に持っていかないと、何かを言われるのかもしれない…と気付いた。 「自分はどうしたらよかったのか?」と今でも自分に問いかけている事柄。 マザーテレサが設立した、孤児院「シュシュバハン」。 障害児だからなのか、貧しいからなのか、道端やゴミ箱に捨てられていた子供たち。 まともに椅子に座れなかったり、さみしさからなのか、暴力的だったり 抱っこをせがむ子もいたりと、表現はさまざまだった子供たち。 「いまでもちゃんと、覚えているからね。」 状況は異なり、国籍も異なっているけど、みんな間違いなく 思いやり、愛情が不可欠なのです。 目に見張るような援助はできないけど、一時ではなく、思い続けること。 一時、「祈る」ことを呼び掛けるのではなく、ひとりひとりが「思いやり」を続けること。 それが必要なのではないでしょうか。 今回の地震で、親・家族を失い、「震災孤児」を助ける組織があるのでしょうか。 ご存じの方がいましたら、教えてください。 こちらへ。 # by petitsocco | 2011-04-01 12:01
![]() 3月11日の東北・関東地方での地震は、世界中で報道されているようです。 昨日、以前に書いた「手を出す前に」の中でふれた、アフガニスタン人から 電話がありました。 あまりの地震の酷さに心配して電話をくれましたが、私の住む地域は地震のゆれは あったものの、生活に支障はないと伝えました。 しかしながら、東北や関東地域の人たちの映像や報道を見聞きすると、 言葉が出てこない状況だと話すと、やはり友人も同じ気持ちだと。 パキスタン大震災で村全体が壊滅し、その後の復興を援助し続けた友人。 やはり、他人事ではいられないのであろう。 しかも彼は、13年間も日本で滞在した経験があるのだから。(不法ではあるが…) そんなアフガニスタンの友人から、メッセージを伝えてほしいと。 18歳のときに来日し、全く日本語もわからず、最初は本当にツライ日々を送った。 日本人はシャイで最初は心を開いてくれないが、一度心を許すと 本当に思いやりがあり、多くの人に親切にしてもらった。 日本から強制送還をされ、オランダ政府に難民認定を受け生活援助もしてもらい、 国籍までもオランダで得ることができた。 現在イギリスで生活しているが、すでに自国のアフガニスタン・パキスタン (アフガニスタンは内戦状態がずっと続いていたので、パキスタンとの国境付近で 幼いころから生活をしていた) そして、13年間過ごした日本よりも長いヨーロッパ生活となっているが、 日本人の優しさと思いやりは、忘れることができない。 日本語も話し、まじめに労働していたのにもかかわらず、強制送還という措置を 簡単にとった日本の「制度」は嫌いだが、日本人の心は本当に温かく 忘れることはできないし、感謝している。 地震で被害をうけた日本の方たち、どうかがんばってください。 遠くからではあるけれど、見守り応援しています。 Abudula Amiri # by petitsocco | 2011-03-14 16:36
![]() 久しぶりに、オランダ滞在中に知り合った、アフガニスタン人の友人から 連絡があった。 18歳で日本に出稼ぎに来て、その後13年近く日本で働き、 一時自国帰省後、再入国の際に日本のイミグレーションに捕まり、 強制送還で搭乗地のオランダへ。 オランダで1週間にも及ぶインタビューののち、「難民認定」をされ、その後 オランダでの生活が始まった。 そして、きっちりとオランダでの政府管理下の生活を終え、 最後の難関、オランダ語でのインタビューにもパスして、晴れて 「オランダ国籍」を取得した、なんともガッツだ人間だ。 アフガニスタンといえば、常に情勢不安がつきまとう。 そんな友人も、生まれた時にすでに内戦状態で、パキスタンとの国境付近 だったため、ほとんどをパキスタン側で過ごしたという。 2005年の10月におこった、「パキスタン大震災」を覚えている人は どれだけいるのだろう。。。 ここ最近でも、スマトラ沖地震など、報道されては"速攻"で忘れられていく。 パキスタン大震災が起こった直後、イギリスに移住したての友人から 電話があった。 「パキスタン大震災で、実家も親戚の家も、崩壊してしまったと」。 とても落ち込んだ声に、なんと言っていいのか、わからないほどだった。 イギリスに移住したてで、仕事が見つからず状態の時に 実家がそんな状況。考えただけで、苦しかっただろう。 しかし、やはり持ち前のガッツで、仕事を見つけ、 実家はもちろん、親戚や近隣の人たちにも援助を続け、 さらにみんなの心の拠り所にと、モスク建設の費用も援助したそうだ。 「がんばったよ~」と、やっと以前の明るい声で電話をかけてきたのが とっても印象的だった。 災害直後は、国連や赤十字など、援助にきたそうだが すぐに撤退。。。。 その後も援助をし続けたのは、有志の人たちだそうで あるドイツ人女性などは、学校の再構築に関わって支援を続けていたそうだ。 援助を募ったり、ボランティアに行ったり…と、けして悪いとはいわない。 でも、途中で投げ出すのなら、最初から手を出さないほうが いいのではないかと、私は思う。 たった数カ月前の「事件・災害」ですら、多くの人が忘れていく。 それが現状だ。 以前、「オサマ・ビンラディン」の本を読んだことがある。 彼がどうしてアメリカに敵対心を募らせていったのか、そんなことも 書いてある本だった。 エゴで他国の戦争を支援し、情勢が悪くなると、手をひく。。。。 それは本当に、勝手極まりないことではなかろうか。 しかし、それすら真実はわからない。 報道されていることを自分で見極めること、これも重要だと思う。 そんな私自身も、以前モロッコで 「アルガンオイル工房設立」を目指していた時がある。 結局、モロッコ人の友人との考えの違いなどで、断念したが 今では、それでよかったと思う。 手を出す前に、最後まで続けられるのか? とても重要なことです。 # by petitsocco | 2009-11-30 12:28
![]() 「もうすこし、窓を開いてみよう。。。」 今日はそんな気持ちにさせてもらえた、素敵な日だった。 まさにsoleilartのブログ「switch! スイッチ! 釦!」だ。 今日出会ったばかりの、お店を営んでいる女性。 お会いしたばかりなのに、なんだろう~、この心地よさ。 彼女がその空間を、かもしだしているのだろうと思う。 初めてお会いし、お互いの環境などを「サラッと」話しただけで、なぜか通じ合うものが あるのです。 そこかで似たような感覚がある気がする、そうだ、旅の最中に偶然なのか? 出会う人たち。 さまざまな国籍・環境・年齢なのだけど、どこかで「気が合う」人たちとは 会ったばかりなのに、話が弾む。 私の英語力は、とても「エクセレント」とは言えない。 留学したこともないし、英語圏に住んだこともない。 旅の中で出会う人たちとの会話を通して、耳から覚えた言葉。 時には「あなたの英語力はなかなかね」と言われる時もあれば 「君は英語がわかるのか?」と言われることも。 【気が合う|合わない】で、言葉がスラスラでてきたり、まったく出てこなくなってしまう。 言葉は大切だけど、でも気持ちが大切。 これを実感する瞬間なのです。 今日出会った彼女に 「もっと出したいことがあるのじゃないの?これからはどんどん出してもいい時代だよ」 と、こんな短い出会いの中で、感じとれる素敵な方でした。 なんだかスイッチを押してくれた感じ。 少しずつ、窓を開けてみよう。 # by petitsocco | 2009-10-14 20:57
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